樺太犬リキの遺体はどう見つかった?昭和基地周辺の記録と最期を徹底追跡
当時の特番インタビューや自著『南極第一次越冬隊とカラフト犬』などの手記において、北村泰一氏は「なぜリキだけが基地の近くで死んでいたのか」という疑問に対し、胸を締め付けられるような考察を残しています。
第一次越冬中、当時7歳と樺太犬としては高齢に差し掛かっていたリキは、卓越した統率力で犬ぞりチームを引っ張る絶対的なリーダーでした。激しい気性を持つ風連のクマ(タロとジロの実父)でさえ、リキには一目置いて従っていたほどです。そして何より、リキは越冬中から生後間もない年下のタロとジロを我が子のように可愛がり、常に面倒を見ていたという現場観察の記録が残っています。
| 個体名(年齢・特徴) | 鎖からの脱出状況 | 最終確認・推定される最期 |
|---|---|---|
| リキ(7歳・絶対的リーダー) | 自力で脱出成功 | 1968年2月、昭和基地近くの雪中から遺体発見(タロ・ジロを見守り力尽きたと推定) |
| タロ・ジロ(3歳・兄弟犬) | 自力で脱出成功 | 1959年1月、昭和基地で奇跡の生還(リキの導きで狩りを習得か) |
| アンコ(3歳・利尻生まれ) | 最初に鎖から脱出 | 行方不明(流氷や大陸方面へ移動したと推測) |
| 風連のクマ(6歳・タロとジロの父) | 自力で脱出成功 | 行方不明(遠方へエサを求めて移動し遭難か) |
| アカ・ポチ・モクほか計7頭 | 首輪が抜けず脱出不可 | 1959年1月、基地の鎖に繋がれたまま凍死・餓死を確認 |
鎖から抜け出した8頭の犬のうち、アンコや風連のクマといった体力のある犬たちは、生き延びるために食料を求めて広大な氷原へと散っていきました(そして厳しいブリザードや流氷の割れ目に阻まれ、帰らぬ犬となりました)。しかし、当時すでに高齢だったリキだけは、まだ若く経験の浅いタロとジロを見捨てることができなかったのです。
北村氏の推測によれば、リキはタロとジロが鎖から抜け出すのを待ち、基地の周辺を拠点にしながら、アザラシの糞やペンギンを捕食する「南極で生き抜く術」を2頭に教え込みました。タロとジロが基地周辺に留まり続けたことで1年後に越冬隊と再会できたのも、すべては「人間の帰りを信じて基地を離れなかったリキ」がそばにいたからに他なりません。
そして、タロとジロが自力でエサを獲れるようになった頃、7歳という年齢と極限の寒さ・栄養不足が重なったリキは、愛弟子たちの成長を見届けるようにして、基地からわずか1キロの海氷上で静かに力尽きたと考えられています。つまり、史実におけるリキの死因は、若きタロとジロを守り抜いた末の「老衰および極度の消耗(凍死・衰弱死)」というのが最も事実に即した結論です。