ホイットニーの名曲はカバーだった?オールウェイズラヴユー誕生秘話と原作者の真相を徹底解剖

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楽曲のプロデュースを託されたのは、当時すでにセリーヌ・ディオンやシカゴを手掛け、ヒット請負人として名を馳せていたデヴィッド・フォスターでした。しかし、レコーディング現場では、ポップミュージックの常識を覆す大胆なアイデアを巡って緊迫した議論が交わされました。

再び決定的な指示を出したのはケビン・コスナーでした。彼は「冒頭は楽器を一切鳴らさず、ホイットニーのアカペラだけで歌い始めるべきだ」と強く要求したのです。ラジオでのオンエアを最優先する音楽業界において、冒頭が無音に近いアカペラで始まる長尺の楽曲は「リスナーがチャンネルを変えてしまう」とされ、商業的なタブーに等しい行為でした。プロデューサーのデヴィッド・フォスター自身も当初はそのリスクに懐疑的だったと、後のドキュメンタリーやインタビューで告白しています。

しかし、ホイットニーがスタジオのブースに入り、マイクに向かって息を吸い込み、あの一節を歌い出した瞬間、室内の空気は完全に凍りつきました。

「If I should stay, I would only be in your way...(もし私がここに留まれば、あなたの邪魔になってしまうだけ)」

伴奏が一切ないからこそ際立つ、ビブラートの微細な揺らぎ、完璧なピッチ、そして内に秘めた哀愁。ホイットニーの圧倒的な表現力は、商業的セオリーをすべて無意味にするほどの説得力を持っていました。デヴィッド・フォスターはピアノと壮大なオーケストレーションを綿密に重ね、クライマックスの劇的な転調(モジュレーション)へと雪崩れ込む唯一無二のダイナミクスを完成させたのです。

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